アメリカメジャーリーグ・シカゴカブスとマイナー契約を結び、慶應義塾大学出身の外野手として注目されている常松広太郎さん。
婚約発表でも話題になりましたが、それ以上に「経歴がエリートすぎる」「こんな選手見たことない」とSNSで驚きの声が広がっています。
小学生時代をアメリカで過ごし、慶應義塾大学で野球を続け、さらに米金融大手ゴールドマン・サックスから内定を得ながらも辞退してMLB挑戦を選んだという、まさに異色のキャリアの持ち主です。
この記事では、常松広太郎さんの生い立ちから大学時代、就職内定辞退、そしてカブスとの契約に至るまでの経歴を、時系列で分かりやすくまとめていきます。
常松広太郎さんの結婚相手や馴れ初めの記事については、別記事で詳しくまとめています。
常松広太郎の経歴が凄すぎる!
常松広太郎さんが注目されている理由のひとつが、その“異次元”とも言える経歴です。
MLBシカゴ・カブスとのマイナー契約締結を発表した常松広太郎君(法学部政治学科4年)が、1月19日、日吉キャンパス内にて記者会見を行い、米国での挑戦に向けた、現在の心境と抱負を語りました。今後の活躍に、温かいご声援をよろしくお願いいたします。https://t.co/xJonNfAFR3 pic.twitter.com/Jobptv0sMf
— 慶應義塾 (@Keio_univ_PR) January 23, 2026
小学生時代をアメリカで過ごした帰国子女であり、慶應義塾大学で野球を続け、卒業後にはゴールドマン・サックスから内定を獲得するという、一般的な野球選手とはまったく異なる道を歩んできました。
特に、ゴールドマン・サックスの内定を辞退してMLB挑戦を選んだという決断は、多くの人に衝撃を与えました。
安定したキャリアを捨てて夢を追うという選択は、簡単にできるものではありません。
それでも常松さんは「夢を諦めたくない」という強い思いを貫き、アメリカでの挑戦を選んだのです。
常松広太郎はゴールドマン・サックス蹴りカブス入団!
常松さんの経歴の中でも特に話題になっているのが、ゴールドマン・サックスの内定を辞退したというエピソードです。
ゴールドマン・サックスは世界的にもトップクラスの金融企業で、内定を得るだけでも非常に難関です。

カブスとの契約を決めた際に、父からは「GSに行けば、いい車に乗って、いい家に住んで、いい生活が待っているぞ」とも冗談風に言われました。
引用元:常松 広太郎 / Kotaro Tsunematsu
父親からの助言どおり、慶應義塾大学の中でも限られた学生しか選ばれない狭き門であり、そこからの内定辞退は大きな決断だったと言えます。
しかし常松さんは、幼い頃からアメリカで過ごし、野球に触れてきた経験から、MLB挑戦という夢を捨てることができませんでした。
安定したキャリアを選ぶのではなく、あえて険しい道を選択。
そして2026年1月、常松さんはシカゴ・カブスとマイナー契約を締結しました。
カブスはMLBでも歴史ある球団で、若手育成にも力を入れているチームです。ここから本格的にアメリカでのプロ野球生活がスタートし、常松さんは夢の舞台に立つための第一歩を踏み出しました。
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常松広太郎の経歴
常松広太郎さんは、小学生時代をアメリカ・ニューヨーク州で過ごした帰国子女です。
幼い頃から英語に触れ、国際的な環境で育ったことが、後のMLB挑戦にもつながっていると考えられます。
帰国後は日本で野球を続け、名門・慶應義塾大学に進学。
大学野球界でも注目される存在となり、外野手として高い身体能力と安定した守備力を発揮しました。
大学卒業後は一般就職の道も視野に入れ、米金融大手ゴールドマン・サックスから内定を獲得。
しかし、夢を諦めたくないという強い思いから内定を辞退し、MLB挑戦を決断しました。
そして2026年1月、シカゴ・カブスとマイナー契約を結び、アメリカでのプロ野球生活がスタートしました。
まとめ
常松広太郎さんの経歴は、まさに“異色”という言葉がぴったりです。
アメリカでの幼少期、慶應義塾大学での活躍、ゴールドマン・サックスの内定辞退、そしてMLB挑戦と、どのエピソードを取っても強烈なインパクトがあります。
現在はカブス傘下でプロ野球選手としてのキャリアを歩みながら、婚約発表でも話題を集めています。
今後の活躍や新たな発表にも注目が集まりそうです。
常松広太郎さんの結婚相手や馴れ初めの記事については、別記事で詳しくまとめています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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